両者の比較から、縄文土器の魅力を再発見!
縄文土器の魅力って何だろう?
それを知るためには、ただ縄文土器だけを見ていても、いまいちよくわからないですよね、、
でも、他のものと「比較」してみることによって、見えてくるものがあるのではないでしょうか。
そんなわけで今回は、縄文土器と弥生土器を「比較」しながら両者の魅力に迫っていきたいと思います!
今回の参考文献:神原正明(2001)『日本の美術~美意識のルーツを探る~』勁草書房
①形に着目して
まずは両者の特徴についてまとめてみました。
~弥生土器~
でっぷりとして、人間の胴体、特に女性の腹部の柔らかなふくらみを連想させる。
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丸みを帯びて中に何かをためる、キープする、貯蔵するのにふさわしい形!
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もしものために掛けておく貯蔵型の保険のようなもの
~縄文土器~
大きさの割には容積が少なく、機能的とは言えない。
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用を目的としておらず、ニーズのために作られていたのではない。
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掛け捨ての保険のようなもの
(上図:縄文土器 下図:弥生土器)
形状
縄文土器:頭でっかちで不安定で倒れやすい
弥生土器:転倒しない安定感
表面
縄文土器:やたらと表面を装飾で埋め尽くす
弥生土器:シンプルで文様すらあまりない、余白の美
縄文土器で見られる余白を文様で埋め尽くすという感覚は、中国でも殷周時代の青銅器で現れています。↓
火炎土器、なぜ炎の形?
以上の文章からも、土器の中の空間は、モノをためるための道具という側面は薄いことが分かります。
では一体土器の中の空間はどんな役割を果たしていたのでしょうか。
一つに、中の空間そのものが聖なる領域を形作っているという考え方があります。
現実から遊離した神域を形成するため、その領域を外部から守るために、炎に囲まれるようなデザインになったといわれているそうです。
たしかに炎に囲まれると、守られているような安心感がありますよね。
動物は火を怖がるって言いますし、いろんな外的から守ってくれそう、、
②生活様式に着目して
縄文時代:狩猟生活 弥生時代:農耕生活
農耕生活の中で安定して生活を送れるという人間の欲望が満たされていきます。
しかし、一方でそれは本来人間がもっていた本能を忘れさせもさせました。
もともと人間はその日暮らしであったはずです。獲物に会えるか否かは生死にかかわります。
しかし、それは偶発性に頼るしかない。つまりここで、祈りの発想が生まれるわけです。
縄文土器のエネルギッシュなかたちは、生死が目の前にあるどん詰まりの表現として台頭してきたのではないでしょうか。
一方、弥生時代では、ものを蓄えることで生き延びていけるという安堵感が生じたため、このような精神的余裕が、弥生土器の余白の美に反映されていると考えることもできるのではないでしょうか。
人々の視線
狩猟生活:真正面から上→縄文土器の安定の悪い炎の造形は、いつも上昇を目指している
農耕生活:下(農耕は土に根差している)→静かにものを考える観念の世界に
人々の視線に注目して当時の人生観を考えるという発想は斬新だな~と思いました。
まとめ
縄文土器の魅力って何だろう?をテーマに、弥生土器との比較を通じて考えてみました。
個人的には、縄文時代がいつ死ぬか分からないような不安定な時代だったからこそ、力強い、ごつごつとした縄文土器が生まれたのではないでしょうか。
自分に負けそうなとき、生きる気力が失われそうになったら、縄文土器や縄文人の暮らしぶりを想像し、力強く生きるモチベを頂戴したいです!